「ゲド戦記」の都市伝説!原作者が激怒!?殺す必要はあったのか?

ゲド戦記』とは、2006年公開のアニメ映画。

ジブリ作品の1つです。

宮崎駿監督(以下、駿監督)の息子である宮崎吾朗監督(以下、吾朗監督)の処女作。

期待すべき監督として当時は大変話題になったものの、

作品の評判はいまひとつだったことを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

ここでは、ゲド戦記に関する都市伝説や噂を紹介しますが、

まずはさらっと、結末のネタバレ無しであらすじを紹介します。

エンラッド王国の王子アレンは、世に蔓延(はびこ)る悪に悩み精神を病んでしまっていた。

さらには自分の「」に追われるようになり、父である国王を殺してしまう。

その後、怖くなり自国から逃亡する途中で

ハイタカ(ゲド)という名の魔法使いと出会う。

ハイタカ(ゲド)と共に、彼の幼馴染であるテナーの家を訪れ、

しばらくそこで暮らすこととなる。

そこにはテルーという名の少女も住んでいた。

ある日、邪悪な魔法使いクモの手下であるウサギがテナーを誘拐。

ハイタカ(ゲド)が助けに行くも魔力を奪われ、テルーと共に幽閉されてしまう。

そこで2人を助けるためにアレンとテナーが取った行動とは…。

ゲドの顔のあざの原因

ハイタカことゲドには顔に大きなあざがあります。

なぜでしょうか?

映画ではゲドの過去について詳しい描写がありませんが、

あざについては

魔法の暴走によりできた消えない傷

であるという都市伝説があります。

 

自分の魔法に魅了され、自信過剰になったゲドは魔法を暴走させてしまいます。

その暴走のため、自分の「」を呼び起こしてしまったのです。

そして「影」を倒すために戦った時、顔にあざができてしまった…という経緯だそう。

これをきっかけにゲドの性格は大人しくなり、

自分の魔法に対して自信過剰にならなくなったのだと言われています。

ゲドとテナーはどういう仲なのか

作中でゲドはテナーの家を訪ねますが、そもそもこの2人はどういう関係なのでしょうか。

映画を見る限りでは、相当親しい間柄だと考えられますね。

実は、この2人は恋人同士であるという噂があります。

 

原作ではテナーはガルガド帝国の大巫女だったという設定です。

ところがある事情によりアチュアン墓地に幽閉されてしまいます。

そこでゲドが彼女を助け、現在の暮らしをしている…ということなのだそう。

その過程の中で恋仲になったとしても不思議ではないですね。

 

映画の中で

アチュアン墓地を思い出す

というテナーのセリフがあります。

しかしそれ以上のことは何も描写がないので、過去のことは映画では分かりません。

父子の確執・炎上商法

『ゲド戦記』の制作中・制作後では、駿監督と吾朗監督の間に

激しい衝突があったと言われています。

このことは一時期大変話題になっていました。

 

そもそも原作のゲド戦記は、駿監督のお気に入りの作品だったようです。

そのため思い入れが強く、制作中に宮崎親子の激しい口論があったのだとか。

完成後も、駿監督は作品に対して公の場で酷評しました。

そこでまた親子の関係が悪化したと言われています。

 

しかし、そんなにお気に入りの作品なのに、

なぜ駿監督は自分で監督を務めなかったのでしょうか。

当時、『ハウルの動く城』の制作中だったために、

駿監督は動けない状態だったのだと考えられています。

 

一方で、この親子の衝突はただの炎上商法だったのではないか、という噂もあります。

親子間で揉めた中で生み出された作品」として話題になれば、

ジブリファンだけでなく大勢の客が見込めると考えたのではないか…と。

たしかに、問題作であるかのように仕込んでおけば、

アニメやジブリに普段あまり興味がない人でも見てみようと思う可能性は考えられますよね。

そしてもし、そこで気に入ってくれれば、今後の作品も見に来てくれるかもしれません。

もっとも、このゲド戦記は不評に終わりましたが…。

国王(父親)を殺す必要はあったのか

原作では父親を殺すという設定はありません

映画の中で「アレンは父親である国王を殺す必要はあったのか?

という疑問を持った方は少なからずいらっしゃったのではないでしょうか。

 

実は、こんな考察があります。

吾朗監督が父・駿監督を超える」という表現をしたかったのではないか、と。

全項で紹介した親子の確執の件を考えれば、なるほどと思える考察ですね。

また、吾朗監督はあの大きな業績を残している駿監督の息子であり、

周りからの期待はとても大きかったことが容易に想像できます。

ですから、プレッシャーや焦りは尋常じゃないものだったに違いありません。

その精神状態をアレンで表したのではないのでしょうか。

大きな業績を残した駿監督を「国王」として見立てるのも納得がいきますね。

しかし、吾朗監督本人はこの推測を否定しているようです。

原作者が激怒した話

制作当初は、映画のタイトルは「ゲド戦記」ではなく、

遠い旅の終わりに

というものだったという都市伝説があります。

しかし、原作者アーシュラ・K・ル・クヴィンはこれに対して激怒したのだとか。

そのため、原作と同じタイトルに変更になったようです。

ストーリーが原作と違う

タイトルだけでなく、ストーリーにも原作者は違和感を覚えたと言われています。

吾朗監督は制作当初、原作に忠実に再現しようと計画立てていましたが、

「自分のイメージにそぐわない」

という理由でアレンジが加えられたようです。

具体的な例を挙げると、

ゲドとアレンの出会い方が違う点や、

「影」の意味が違う点があります。

 

吾朗監督独自のアレンジが加わったこの作品を見た原作者は、

私の本ではない。吾朗の作品である

というコメントを残しています。

結局、タイトルだけでなく内容も原作者には不評だったようですね。

ゲド戦記に限らず、原作を大事にしない映画化はしばしば批判されますから、

予想できる反応だったのではないかと思ってしまいますね。

まとめ

以上、ゲド戦記にまつわる噂と都市伝説の紹介でした。

親子の確執や原作者による不評など、なかなかの問題作であったことが

改めて浮き彫りになりましたね。